育児の「しんどさ」の正体。なぜ日本での子育ては、これほどまでに心が削れるのか
はじめに:あなたが感じているのは「正常なSOS」です
「毎日こんなにイライラしてしまうのは、私に母親としての適性がないからだろうか」
「他の人はもっと上手に、楽しそうに育児をしているように見えるのに」
そんな風に、自分を責めてしまう夜はありませんか。
結論からお伝えします。あなたが今感じている「しんどさ」は、あなたの性格や努力の問題ではありません。現代の日本という、人類の歴史上でも極めて特殊で過酷な環境において、たった一人(あるいは二人)で子供を育てようとしていることから生じる、**「構造上の無理」**が原因です。
私は第一子をフィリピンで出産しました。あちらでの生活を経て日本に戻ってきた今、確信していることがあります。それは、「日本での育児は、一人に背負わせる責任が重すぎて、システムとして破綻している」ということです。
今回は、根性論や曖昧な愛情論を脇に置き、なぜ今の育児がこれほどまでに辛いのか、そしてどうすればその呪縛から自分を救い出せるのか、本音で紐解いていきたいと思います。
1. 人類は「一人で育てる」ようにはできていない
生物学的な視点で見ると、人間はもともと「親だけで子供を育てる」ようにはできていません。**「共同養育(アロペアレンティング)」**という言葉がありますが、人間は本来、集団の中で、母親以外の多様な大人(祖父母、親戚、近所の人、年上の子供たち)の手を借りて子供を育てる動物なのです。
「密室育児」という異常事態
ところが、現代の日本はどうでしょうか。
核家族化が進み、マンションという「密室」の中で、日中のほとんどを赤ちゃんと二人きりで過ごす。これは人類の長い歴史から見れば、極めて異常でストレスフルな環境です。
誰とも会話せず、常に子供の要求にだけ応え続ける。この「逃げ場のない閉鎖感」は、人間の精神を削るのに十分すぎるほどの威力を持っています。あなたが「辛い」と感じるのは、生物としての本能が**「この環境で一人で育てるのは無理だよ!」とSOSを出している証拠**なのです。
2. フィリピンで見た「救い」の風景
私がフィリピンで育児をしていたとき、日本とは決定的に違う「光景」を毎日目にしていました。
孤独を許さない文化
フィリピンでは、親戚や近所の人たちが、許可を取るまでもなく育児に介入してきます。あちらでは、**「ヘルパーさんがいるのが当たり前」**という家庭も多く、母親が一人ですべてを背負い込むという発想自体が希薄です。
私自身は、フィリピンにいた頃もヘルパーさんを雇わずに子育てをしました。だからこそ、その大変さは身に染みてわかります。しかし、たとえ直接的な手助けがなくても、周囲に「誰かがいる」というだけで、心の安定感は全く違いました。
- ゴミ出しに行く数分の間、隣のおばあちゃんが「見ててあげるよ」と声をかけてくれる。
- 夕食を作っている間、誰かが赤ちゃんをあやして笑い声が聞こえてくる。
この**「誰かが近くにいて、責任をほんの少しでも分かち合っている感覚」**こそが、母親の精神を守る防波堤になっていたのです。翻って、今の日本はどうでしょう。壁一枚隔てた隣に誰が住んでいるかもわからず、泣き声が響けば「苦情が来るかも」と怯える。この差は、あまりにも残酷です。
3. 在宅ワークが突きつける「二兎追う」過酷さ
さらに現代の日本でママたちを追い詰めているのが、「仕事も育児も」という完璧主義の圧力です。私自身、在宅ワークをしながらの育児は、まさに「戦場」でした。
在宅ワークは、一見すると子供のそばにいられて効率的に見えます。しかし現実は、「高い集中力が必要な作業」と「常に中断を強いてくる存在」を、同じ空間に閉じ込めるという、矛盾の塊です。
子供が起きている間は仕事が進まず、寝た後に必死でパソコンを叩く。でも、頻回な夜泣きで思考は細切れになり、結局どちらも中途半端に終わってしまう……。
「仕事もできない、母親としても余裕がない」。このダブルパンチが、私たちの自己肯定感をズタズタにしていきます。でも、考えてみてください。これ、物理的に無理なことをやろうとしているだけではないでしょうか。
4. 2026年、私たちが取るべき「生存戦略」
この歪んだ環境の中で、私たちが心を守るためには、いくつかの「諦め」と「許可」が必要です。
① 「外注」を当たり前の選択肢に
一時預かり、ベビーシッター、家事代行。これらを「サボり」や「贅沢」だと感じる必要は一切ありません。フィリピンで見たあの「当たり前の助け合い」を、今の日本では「サービス」としてお金で買うだけのことです。
あなたの笑顔を守るため、あるいは仕事に1時間集中するために払うお金は、家庭の平和を守るための**「必要経費」**です。
② 「良い母親」の定義を書き換える
「手作りの料理を食べさせる」「常に優しく接する」「一人で完璧にこなす」……。そんな「良い母親像」は、今の過酷な環境では呪いでしかありません。
今の時代の「最高の母親」とは、**「プロの手を賢く借りて、自分の機嫌を自分で取れる母親」**のことではないでしょうか。
③ 「孤独な頑張り」の呪縛を解く
フィリピンのママたちがそうであるように、他人の手を借りることを自分に許可してあげてください。他者の手を借りることは、子供にとっても「世界には、親以外にも自分を愛してくれる人がたくさんいる」と知る、素晴らしい機会になります。
5. まとめ:ママが「自分」を取り戻すために
日本で一人で全てをこなそうとすることは、穴の空いたバケツで水を汲み続けるようなものです。あなたがどれだけ頑張っても、水(エネルギー)が漏れていくのはあなたのせいではありません。
フィリピンで奮闘した私だからこそ、今、強く思います。
「誰かに頼ること」は、決して逃げではありません。あなた自身の心と体を守り、結果としてお子さんに本物の笑顔を届けるための、最も誠実な手段です。
少子化が進む今、社会もようやく「一人で育てるのは無理だ」という事実に気づき始めています。一時保育や企業主導型保育園など、少しずつ増えてきた「助け」の手を、遠慮なく掴んでください。
ママが自分をケアし、一人の人間として呼吸できていること。
それこそが、お子さんにとって何よりの幸せな環境になるのですから。



